ヘレン・マクロイ『殺す者と殺される者』(1957)

殺す者と殺される者 (創元推理文庫)

殺す者と殺される者 (創元推理文庫)

2009年、創元推理文庫創刊50周年を記念して復刊アンケートが行なわれました。その結果『幽霊の2/3』と本作、そしてクロフツの『フレンチ警視最初の事件』(予定)という、屈指の入手困難本が次々に復刊されることに相成りました。3月にはクロフツ唯一の未訳作であった『フレンチ警部と毒蛇の謎』の刊行が予定されるなど、俄然活況を呈しているようです。

で、『殺す者と殺される者』。これがまた「何故これまで復刊されなかった」と言いたくなるほどの傑作でした。不思議な記憶喪失を患った男が主人公なのですが、前半に撒いた伏線を中盤に綺麗に纏め上げ、終盤までサスペンスを持続させる力はさすがの一言。根本のネタは今となっては若干ありきたりなものですが、50年以上前にこれを使ってサスペンス小説を書こうと思った、というのがまずすごい。
順当に、マクロイの(翻訳がある作品の中では)最高傑作でしょう。古典的名作の一つとして、長く読まれるべき作品だと思います。皆さん買いましょう。

(追記)
早川書房は、ここで『暗い鏡の中に』を復刊すべきだと思うんですが。せっかく良書の版権を持っているのに、商機を逃しているとしか(ボソッ

フリッツ・ライバー『跳躍者の時空』(2010)

研究とか研究とか研究とか、あともっぱら怠惰の所為で間が空きました。

最近面白かった新刊とかの話を書こうと思います。

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フリッツ・ライバー『跳躍者の時空』(奇想コレクション

跳躍者の時空 (奇想コレクション)

跳躍者の時空 (奇想コレクション)

IQ160のスーパー猫ガミッチのシリーズ5作+ノンシリーズという構成で全10作品を収録しています。値段は若干高いですが、それだけの価値のある短編集です(断言)。
ライバーは、特別小説巧者という訳ではないのですが、引き込まれるものがあります。たとえば中編「『ハムレット』と四人の亡霊」は、劇中で亡霊役を演じる酔いどれの老俳優が、死してなお役を演じ続ける、というだけのお話としては他愛ないものです。しかし、一人で自分の無能さをぼやき続ける語り手や、一座の人々の賑やかな描写には目を見張るものがあります。また、巻末の初訳作「春の祝祭」は、セクシーで知的な美女がいきなり部屋を訪ねてくる発端からぶっ飛んだ結末まで、童貞青年の哀しみと悦びがみっちり詰まった傑作でした。ネビュラ・ヒューゴーの両賞を受賞した「骨のダイスを転がそう」が再録・新訳されているのも、個人的には嬉しいところです。

アガサ・クリスティー『春にして君を離れ』(1944)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

メアリ・ウェストマコット名義の傑作。クリスティー全作の中でも屈指の良作であろう。良き妻、良き母親であろうとしてきたある女が、ふとしたきっかけから己の人生の真実に気がついてしまうというだけの作品。殺人事件も名探偵も登場しないが、これほど残酷で哀しい物語も他にない。しかしながら、救われることのないまま、誰も彼女を救わぬままに物語は幕を下ろす。ひとりぼっちのプア・リトル・ジョーンよ、悲しみに沈め。(12/2)

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最近、またクリスティー未読潰しを始めました。クリスティー文庫で読んだのが、46冊なので、ようやく半分といったところ。長編で言えば、74作品中39作品。最初期と50年代末以降が抜けまくりですね。短編集や戯曲はほとんど未着手。次は、『リスタデール卿の謎』か、ポアロものの『満潮に乗って』を読もうと思ってます。

クレイグ・トーマス『狼殺し』(1978)

狼殺し (河出文庫)

狼殺し (河出文庫)

冒険スパイ小説の傑作。19年前、仲間に密告され、さらに危うく殺されかかった男が、己の魂の尊厳を掛けて、復讐を実行する。しかしその陰では、諜報組織の中の二重スパイ炙り出し作戦が進められ、男はその計画を成し遂げるために利用されていく。正直、分かりやすいハッピーエンドでは決してない。個人と組織の間の相克、己の尊厳と国家の威信の対立、英露のスパイ戦争の中で、各人の思惑が蠢きだす。(11/27)

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真に優れた人間ドラマは、道具立てが古びても決して輝きを失わないことの好例といえます。文庫版は新古書店などでも比較的見かけますので、ご一読を。魂が燃え上がる一作です。

トマス・H・クック『夏草の記憶』(1995)

夏草の記憶 (文春文庫)

夏草の記憶 (文春文庫)

トマス・H・クックの<記憶シリーズ>第二作。真実を仄めかしつつ読者をストーリーに引き込んでいく手腕は前作『死の記憶』と変わらず健在。主人公の年齢層が小学校高学年から高校生に上がったことによって、読者へのダメージの大きさは大幅アップといえよう。また前作は結末の付け方が若干ぬるく、そこに不満を感じたが、今回は結末の醜さ・苦さと、逃げ場を許さないトドメの一撃の秀逸さがマッチしている。読後感は暗澹たるものだが、紛れもない傑作。(11/24)

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主人公のヘタレ少年が自分の高校時代の姿と若干ダブって、ラストは辛かった……。『緋色の記憶』『夜の記憶』もいずれ劣らぬ傑作と聞きますので、早く読みたいところです。

レジナルド・ヒル『薔薇は死を夢見る』(1983)

薔薇は死を夢見る (ハヤカワ・ポケット・ミステリ―ダルジール警視シリーズ (1459))

薔薇は死を夢見る (ハヤカワ・ポケット・ミステリ―ダルジール警視シリーズ (1459))

ダルジール&パスコーシリーズ第7作。前二作は翻訳がないのが残念。きわめてよくできたキャラクター小説で、とくに次々と起こる怪事件の犯人と目されるパトリックは秀逸。また、捜査側ではエリーの活躍と、ウィールドの懊悩が巧みに描かれていて、非常に面白い。ミステリとしては、捜査の積み重ねの中で、パトリックの容疑が徐々に深まり晴れていく過程が細かく書き込まれている。意外性はあまりないが、サスペンス小説としての面白さは確か。(11/20)

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ポケミスのものでは、このシリーズ唯一の版元品切れ。MOTTAINAI。というよりは、これ以外の作品が現在でも入手可能ということが、シリーズの人気を物語っています。

マイクル・コナリー『ブラック・アイス』(1993)

ブラック・アイス (扶桑社ミステリー)

ブラック・アイス (扶桑社ミステリー)

マイクル・コナリー第二作。正直、この時点でここまでの作品を書いていたということに戦慄を覚える。犯人によって幾重にも仕掛けられたミスディレクションの切れ味や、プロットワークの巧みさなど見るべきところは多い。多くは語らないハリー・ボッシュの心の奥底に閉じられた人間性が徐々に露呈してくるあたりも素晴らしく、カル・ムーアと己の相似、そして大きな違いが物語に深みを齎している。ある意味、シリーズの終着点の一つと言えそうな作品だが、ここに甘んじず、さらに前に進んだ作者に敬意を払いたい。(11/18)

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アメリカ・メキシコの麻薬問題を取り扱った作品として、非常に良く出来た作品であると思います。後半は、ミステリというよりは、映画的なエンタメに傾いていきますが、楽しく読むことができました。どうでもいいことですが、コナリーの翻訳の中で唯一の一巻本ですね。