パトリシア・ハイスミス『ふくろうの叫び』(1962)

ふくろうの叫び (河出文庫)

ふくろうの叫び (河出文庫)

窓の外から彼女の幸せそうな様子を見られれば、それで満足だった。彼女の笑顔を見ていると、荒んだ心は、多少なりとも癒された。ところがある日、覗きこんでいるところを彼女に見つかってしまった。警察に通報されると思った。だが、彼女は温かく迎え入れてくれた。――幸せだった。仕事は順調だし、結婚を約束した恋人がいて、一人暮らしも楽しかった。ある晩、窓の外から小さな音が聞こえた。何かと思って見てみると、そこには男の人が立っていた。怪しい風ではあるけれど、悪い人ではなさそう。――パラノイアの魔女、ハイスミスが紡ぐ、四人の男女で織り成された悪夢の物語。

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このミステリーがすごい! '92年」の海外編で見事4位を獲得したパトリシア・ハイスミスの初期長編。この年は、他にも『妻を殺したかった男』、『水の墓碑銘』の二長編が翻訳されています。遅きに失したとはいえ、この年がハイスミス紹介の絶頂期だったことは疑うべくもありません。

ジェニファーの幸せそうな様子を覗き見ること(イヤらしい気持ちではなく、と本人は説明)が心の支えになっているロバートを彼女がなぜか引きとめたことから、物語は音を立てて転がり始めます。ジェニファーの恋人グレッグと、ロバートの元妻で、現在はニューヨークで暮らしているニッキーの四人が主要人物です。
四人の普通の人間がこれでもかとばかりに克明に描かれていきますが、その中でもとりわけ重要なのが、ニッキーの存在です。自分の都合しか考えず、平気で嘘を吐き、逆に本当のことを言う人を嘘吐き呼ばわりし、次々と男を取り換える、一種の悪女なのですが、彼女の動向一つで物語の行き先すら捻じ曲がっていくというとてつもないキャラクターです。
またハイスミスの得意技としては、徒党を組んだ「善意の隣人」の悪夢的悪意がありますが、この作品でもそれは発揮されており、ロバートを苦しめます。あと、ハイスミスはよっぽどアメリカの警察が嫌いなんでしょうか。傑作『プードルの身代金』でも、警察に精神的に痛めつけられる主人公の描写は壮絶でしたが、『ふくろうの叫び』でも、ある警察官の無能がプロットのピースの一つとして使われています。
狂狂(クルクル)と進んでいく物語は、内気なロバート(一種の草食系男子といってもいいかも)をパラノイアの淵に追い込んでいきます。最後に叩きつけられる決着の醸すイヤ感も吐き気がするほど素晴らしく、紛れもない傑作ということができるでしょう。