ディック・フランシス『大穴』(1965)

大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

ラドナー探偵社の調査員シッド・ハレーは、脇腹に喰いこんだ鉛の弾丸のおかげで生き返ることになった。かつて一流の障害騎手だったハレーは二年前レース中に腕を負傷して騎手生命を断たれた瞬間から、死人も同然だったのだ。だが、いま彼の胸に怒りが燃え上がってきた! 彼を撃った男は誰に頼まれたのか、その黒幕は一体何をたくらんでいるのか? 傷の癒えたハレーは過去への未練を断ち切り、競馬界にうごめく陰謀に敢然と挑戦していった! 元全英チャンピオン・ジョッキーが手綱をペンに持ち替えて放つ、人気沸騰のサスペンス・シリーズ。(裏表紙あらすじより)

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恥ずかしながら、フランシスは初読。思っていたよりもずっと大人しめのサスペンスでした。

ともかくも、主人公のシッド・ハレーが魅力的。かつては一流のジョッキーでしたが、負傷のため騎手生命を断たれ、いまでは探偵社の競馬課で窓際調査員として無為の生活を送っています。彼は、チェスを得意とし、専門書を読みこなすほどの知性と、かつて手に入れた名声と富、そして憂鬱を抱え込んで、死んだように生き続けているのですね。
くすぶった灰のようになっていた彼ですが、長年に友人でもある義父の依頼(というか企み)で、競馬場の土地買収問題に絡んだ、ハワード・クレイとの戦いに巻き込まれることで、往時の情熱を取り戻します。敵は目的のためならば、殺しをもいとわぬ強敵。探偵社の友人チコの助けを得、シッドは競馬場を守るために立ち上がるのでした。

クレイの仲間であるエリス・ボルトが雇っている、秘書のザナ・マーティンとの絡みも面白い。シッドは最初は情報を得るために彼女を誘惑するのですが、少しずつ関係が変わっていきます。シッドとザナはともに容姿にトラウマを持ち、ヒーロー、ヒロインと呼ぶにはいささか躊躇われる部分があるのですが、互いにはげましあい、支え合うことで精神的に立ち直り、その魅力を増していきます。二人の、単純に男女の仲に還元されない関係の描きかたは巧いと思いました。

ハリウッド映画のような「ハードなアクション+戦慄のサスペンス」という訳ではありませんが、個人的にはこういう少しのんびりしたサスペンス小説も悪くないです。

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フランシスはほとんどシリーズキャラクターを書いていないらしいのですが、シッド・ハレーものは『利腕』、『敵手』と続いています。また『利腕』はCWA、MWAの両最優秀長篇賞を、『敵手』はMWAの最優秀長篇賞をそれぞれ受賞している傑作と聞いているのでぜひとも読みたいところです。