購入本まとめ(11/10-11/16)

サイモン・カーニック『殺す警官』(新潮文庫
〃『覗く銃口』(新潮文庫
ジェイムズ・エルロイアメリカン・タブロイド 上下』(文春文庫)
矢作俊彦『コルテスの収穫 上中』(光文社文庫
ティーヴン・グリーンリーフ『感傷の終り』(HPB)
トマス・M・ディッシュ『虚像のエコー』(HPB)
ロバート・リテル『最初で最後のスパイ』(新潮文庫
スタニスワフ・レム『泰平ヨンの航星日誌[改訳版]』(ハヤカワSF文庫)
カール・ハイアセン『顔を返せ 上下』(角川文庫)
ボリス・ヴィアン『墓に唾をかけろ』(早川書房
ドナルド・E・ウェストレイク『キリイ』(HPB)
〃『361』(HPB)

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15冊である。今週は結構買った。といっても新刊はレムのみなのだが。これは読書会用。数ページめくっただけだが、好みっぽい感じ。

ウェストレイク二冊はオク。送料手数料込みで1300円くらい。
ボリス・ヴィアンとかロバート・リテルとか、俺がいかに条件反射的に古本を買っているかよく分かるセレクト。
カーニックは某社の編集氏と、某書評家氏にご教示いただいた。来年某社では新作の刊行を予定しているとかいないとか。
ハイアセンの単独名義は、あと『殺意のシーズン』と『虚しき楽園』のみ。扶桑社ミステリーは完全に運と縁なので、地道に古本屋を回るしかない。といって読んでいるのは、『トード島』と近作二つだけなのだが。

殺す警官 (新潮文庫)

殺す警官 (新潮文庫)

顔を返せ〈上〉 (角川文庫)

顔を返せ〈上〉 (角川文庫)

パトリシア・ハイスミス『ふくろうの叫び』(1962)

ふくろうの叫び (河出文庫)

ふくろうの叫び (河出文庫)

窓の外から彼女の幸せそうな様子を見られれば、それで満足だった。彼女の笑顔を見ていると、荒んだ心は、多少なりとも癒された。ところがある日、覗きこんでいるところを彼女に見つかってしまった。警察に通報されると思った。だが、彼女は温かく迎え入れてくれた。――幸せだった。仕事は順調だし、結婚を約束した恋人がいて、一人暮らしも楽しかった。ある晩、窓の外から小さな音が聞こえた。何かと思って見てみると、そこには男の人が立っていた。怪しい風ではあるけれど、悪い人ではなさそう。――パラノイアの魔女、ハイスミスが紡ぐ、四人の男女で織り成された悪夢の物語。

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このミステリーがすごい! '92年」の海外編で見事4位を獲得したパトリシア・ハイスミスの初期長編。この年は、他にも『妻を殺したかった男』、『水の墓碑銘』の二長編が翻訳されています。遅きに失したとはいえ、この年がハイスミス紹介の絶頂期だったことは疑うべくもありません。

ジェニファーの幸せそうな様子を覗き見ること(イヤらしい気持ちではなく、と本人は説明)が心の支えになっているロバートを彼女がなぜか引きとめたことから、物語は音を立てて転がり始めます。ジェニファーの恋人グレッグと、ロバートの元妻で、現在はニューヨークで暮らしているニッキーの四人が主要人物です。
四人の普通の人間がこれでもかとばかりに克明に描かれていきますが、その中でもとりわけ重要なのが、ニッキーの存在です。自分の都合しか考えず、平気で嘘を吐き、逆に本当のことを言う人を嘘吐き呼ばわりし、次々と男を取り換える、一種の悪女なのですが、彼女の動向一つで物語の行き先すら捻じ曲がっていくというとてつもないキャラクターです。
またハイスミスの得意技としては、徒党を組んだ「善意の隣人」の悪夢的悪意がありますが、この作品でもそれは発揮されており、ロバートを苦しめます。あと、ハイスミスはよっぽどアメリカの警察が嫌いなんでしょうか。傑作『プードルの身代金』でも、警察に精神的に痛めつけられる主人公の描写は壮絶でしたが、『ふくろうの叫び』でも、ある警察官の無能がプロットのピースの一つとして使われています。
狂狂(クルクル)と進んでいく物語は、内気なロバート(一種の草食系男子といってもいいかも)をパラノイアの淵に追い込んでいきます。最後に叩きつけられる決着の醸すイヤ感も吐き気がするほど素晴らしく、紛れもない傑作ということができるでしょう。

ドナルド・E・ウェストレイク『斧』(1997)

斧 (文春文庫)

斧 (文春文庫)

不景気である。製紙業界も世の常と変らず人員削減が行われ、今年51になる私もまた解雇されてしまった。再就職しなければならない。しかし、口はあまりにも少なく、ライバルはあまりにも多かった。こうなったら、もう最後の手段に訴えるほかない。私の再就職の障害となるものを、実力で排除する。それしかないのだ。

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不運な泥棒のスラップスティックな犯罪を描いた<ジョン・ドートマンダーシリーズ>他、ユーモアあふれるクライムノベルで知られるウェストレイクが紡ぎだしたノワールです。ノワールは、厳密に定義が決まっている訳ではない(本格ミステリが、一義的に定義不可能なのと似ています)ですが、この作品については、私はノワールっぽいなと思ったので、そのような形で説明します。

主人公の男はそれなり以上に優秀なサラリーマンですが、会社合併に伴うリストラの結果、会社を馘首されてしまいます。ウェストレイクは、その結果生じた男の苦悩、家族の歪みや軋轢を、必要以上に重くはせず、巧みに描写していきます。その中で、男は「殺人」という究極の倫理逸脱に向かって、坂を転がり落ちていくわけです。
これまでは「善良な中流階級」であった男は、もちろん殺人などしたことはありません。ナイフやロープで直接殺すなんてまっぴらですし、銃一つ撃つのもおっかなびっくり。そんな男が、己の欲望に苦しみ、被害者やその家族に心の中で謝罪しつつも、社会の悪を指弾する、というトンデモ自己弁護を組み上げていく様は、ひどく歪んだ笑いを誘うでしょう。
ラストまで飽きさせないプロットの妙、主人公やその妻の造形の巧みさなど、非常に良くできた作品だと思います。オススメです。

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ちなみに、個人的にはサスペンスとノワールの違いは、「規を越える」ことをきっかけとして描くか、あるいはそのものを描くかではないかと思います。ノワールというジャンルは、決して常習犯罪者の世界に限らないような気がします。

購入本まとめ(11/4-11/10)

ジョナサン・キング『真夜中の青い彼方』(文春文庫)
ポール・ピカリング『バビロンの青き門』(文春文庫)
ロバート・バーナード『雪どけの死体』(ポケミス
リチャード・スターク『悪党パーカー/犯罪組織』(ポケミス
佐々木譲『犬どもの栄光』(集英社文庫
笹沢左保『悪魔の部屋』(光文社文庫
ドナルド・E・ウェストレイク『鉤』(文春文庫)
レジナルド・ヒル『死は万病を癒す薬』(ポケミス
ドナルド・E・ウェストレイク『斧』(文春文庫)
ロス・トーマス『女刑事の死』(ハヤカワミステリ文庫)
井上荒野グラジオラスの耳』(光文社文庫

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迷走は続く。主にクライムノベルか冒険小説を買っているのは認める。
ポール・ピカリングは全然知らないのだが、ベルリンのイシュタール門をモチーフにした小説とあれば興味津津。英国諜報部のスパイが売春宿を経営し、ナチの元高官から機密情報を聞き出そうとするというアホ話と、そのスパイが見るバビロニアの白昼夢が絡むとか、非常に面白そうではないか。つまらなくても許せるレベル。
笹沢左保『悪魔の部屋』は購入後すぐ読んだ。というか読むために買った。基本路線は人妻凌辱もののポルノ小説。ずーっとセクロスしている訳ですが、なぜかサスペンス横溢。登場人物と舞台をここまで限定して、サスペンス小説をやろうという心意気は買う。ラストはだいぶえぐくて、好み。もっとやれ。
ヒルは新刊だが、お値段2100円。高いような安いような。単行本を買うことを考えれば、だいぶお得ではある。読むのは積んでるシリーズ作品をもう何冊か片づけてから。

バビロンの青き門 (文春文庫)

バビロンの青き門 (文春文庫)

悪魔の部屋 (光文社文庫)

悪魔の部屋 (光文社文庫)

死は万病を癒す薬(ハヤカワ・ミステリ1830) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

死は万病を癒す薬(ハヤカワ・ミステリ1830) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

購入本まとめ(10/28-11/3)

ヴィンセント・ザンドリ『汚名』(文春文庫)
クレイグ・トーマス『狼殺し』(河出文庫
ロバート・ドレイパー『ハドリアヌスの長城』(文春文庫)
ティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(ポケミス
クレイグ・トーマス『闇の奥へ』(扶桑社ミステリー)
ジャネット・ドーソン『海に背を向けるな』(創元推理文庫
ロス・マクドナルド眠れる美女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
綾辻行人『殺人鬼』(新潮文庫
山田風太郎『室町お伽草紙』(新潮文庫
トニー・フェンリー『壁の中で眠る男』(新潮文庫
ローレン・ヘンダースン『死美人』(新潮文庫

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新刊期が終了して、迷走していた。クレイグ・トーマスとグリーンリーフは、某社の編集者の方からおすすめいただいた物。あとはその場のノリで拾っていたことが明らか(すべて105円で購入)。
最後の二つは、ミステリマガジンのバックナンバーを眺めていたときに見つけた、新潮社の「タルト・ノワール」の収録作。面白いかどうかは未知数すぎるが、主として訳者買いしてみた。

狼殺し (河出文庫)

狼殺し (河出文庫)

探偵の帰郷 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1454)

探偵の帰郷 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1454)

壁のなかで眠る男 (新潮文庫)

壁のなかで眠る男 (新潮文庫)

レイモンド・チャンドラー『高い窓』(1943)

高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

盗まれた古い金貨を取り戻して欲しいという老婦人の依頼を受けた私は、ひとまず彼女の息子のいなくなった妻を探すことにした。しかし、事件の背景では様々な意図や偶然が、複雑な様相を呈し始めていた。

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チャンドラーは長編小説を書くとき、短編小説のプロットをいくつか組み合わせて執筆したというのを何かで読んだか聞いたかしたような気がするのですが、その最たる例が『長いお別れ』(今は『ロング・グッドバイ』と書くのが正しいのかな?)でしょう。本作『高い窓』においてもその傾向はありますが、あらすじを説明しにくいったらないですね。

基本的に、マーロウがどこかに出かけて行って人に話を聞いたり、死体にぶつかったりする話。おおよそですが、短編二本分のプロット(①老婦人とその秘書の話、②古い金貨の話)に分解できます。が、分析して見るとそのばらばらっぷりにちょっと悲しくなる。①をメインプロット、②をサブプロットにしてもっとうまい具合に絡ませていけば、プロットで読ませる作品になるのに。解決は別個とかありえないな。
まあ、「マーロウかっこいい」の一言に付きますね。『長いお別れ』よりは尺が短いので読むのが楽というのはあります。

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ラストで、「お前とカパブランカ」というセリフがあります。カパブランカの凄絶な棋譜をなぞりながら自宅でくつろぐマーロウが、夜中に鏡を見つめながらつぶやくそれです。この「お前」というのは、通常マーロウ自身のことを指すと解釈されていますが、これが、「真犯人」のことを指すという解釈もありではないかとちょっと思いました。「鏡」の向こう側の自分に「対局者=盤面の敵」を見ているのではないか?
まあ、「(カパブランカの)美しく、冷酷で、無情なチェス。その情け容赦のない無言の厳しさは、身の毛がよだつほどだった。」と書いていて、「カパブランカ=犯人」と見るべきでしょうから、「お前=マーロウ」の方が正しいとも言えますが。