今年のベストはどれ?

このミスの投票日です。昨日飲み過ぎて何も考えたくない&バイトで、思考時間は短くなる一方。ですが、初の個人投票と言うこともあるんで(去年もサークル投票で自由にやりましたけど)、ちょっとまじめにやりたいところ。

ベスト1はまあ、『犬の力』で決まりなんですが、その下が百家争鳴というか、人によってあまりにもまちまちで、コンセンサスを取るのが難しい。このミスは、『ミレニアム』を各巻ごとに扱うことになっているので、票が滅茶苦茶に割れることは容易に予想できますし。それほどまでに、今年の翻訳ミステリは豊作であったということですね。いいことです。

個人的には、ウォンボー『ハリウッド警察特務隊』とか、コナリー『リンカーン弁護士』のような、ベテラン勢の新たな傑作に光が当たるといいなあ、と思うのですが。今年は『メアリー‐ケイト』とか『バッド・モンキーズ』とか飛び道具が多いので、地味な作品は若干辛いかな?

明日朝の投票後に、また何か書く予定。は未定。

リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)

リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)

ハリウッド警察特務隊 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1826)

ハリウッド警察特務隊 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1826)

変な小説、まかり通る

2009年は、なんだか「奇天烈翻訳小説」の当たり年であるようです。先のエントリで紹介したマット・ラフ『バッド・モンキーズ』も大概な作品ですが、昨年末に刊行されたドゥエイン・スウィアジンスキー『メアリー-ケイト』、そしてそれに続く『解雇手当』の両作品は、腹がよじれるような気ちがいじみた笑いを提供する作品でした。新潮社も負けじとマイケル・シェイボンユダヤ警官同盟』、ジョシュ・バゼル『死神を葬れ』、エリック・ガルシア『レポメン』を刊行しましたが、いずれ劣らぬ秀作揃いです。東京創元社は、昨年の『最高の銀行強盗のための47ヶ条』(傑作!)に続いて、トロイ・クック『州知事戦線異状あり!』を刊行しています。さすがに前作よりは落ちますが、安定して面白い作品です。泣ける警察小説かと思ったらとんでもない方向にかっ飛んで行った『時限捜査』もこの「奇天烈翻訳小説」の範疇に入れてかまわないでしょう。

個人的には未読なのですが、ベネット・ダブリン『夢で殺した少女』もとてつもない作品だとか。また、みすず書房から刊行されたアラン・ムーアフロム・ヘル』も、読んだ人はみな圧倒されているようです。これも欲しいのですがなかなか手が回りません。そのうちに何とかしたいところではありますが。

これらの作品は、その面白さがかなりニッチであるだけに一般的な人気を得にくく、「このミステリーがすごい」などのムック本で日の目を見ることが少ないのは残念なことです。表面的な、大きな盛り上がりに欠ける本を出し続けるのは難しいでしょう。しかし、私としてはこういった「変な小説」を絶やさないでほしいと祈りながら、本を買うことくらいしかできません。ぜひとも声援に応え頑張って欲しいものです。

マット・ラフ『バッド・モンキーズ』(2007)

バッド・モンキーズ

バッド・モンキーズ

 「あたしは悪を殲滅する組織の一員なのさ」――真っ白な部屋の中で、ジェインはそう語り始めた。殺人を犯した容疑で逮捕された彼女は、自分が悪と徹底的に戦う組織の一部署「バッド・モンキーズ」の構成員だと名乗り、これまでの悪との熾烈な戦いの様子を告白する。しかし、その奇天烈な語り/騙りは集められた証拠と徐々に食い違っていく。はたして、真実はどこにあるのか。捩れて狂った世界の在り様をポップでクールな文体で切り裂き、衝撃のラストを止めとばかりに叩きつける。さあ、明日はどっちだ!

 おおよそ、あらすじで書いたようなお話です。これ以上踏み込んでも、内容を損なうのみであろうと思いますので、これ以上くだくだしく何かを述べようとは思いません。かっちょいいジャケットイラストや、痺れるような帯の文句にビビッと電波を感じた方は「買え、読め、そして読了後即座に破棄せよ」(C・ムーア)の言葉通りに行動して見てください。お値段も\1200と非常に(というか異常に)リーズナブルなので、買って損はさせません。お試しあれ。

ジョージ・R・R・マーティン『洋梨形の男』(2009)

洋梨形の男 (奇想コレクション)

洋梨形の男 (奇想コレクション)

「どんな女の人生にもひとりの洋梨形の男がつきものなのよ」――アパートメントの地下室で、チーズ味のスナックをむさぼり続ける不気味な「洋梨形の男」につきまとわれた女性イラストレイターの恐怖を、克明に描き出したブラム・ストーカー賞受賞の表題作、創作にまつわる罪業の奥深さを遺憾なく暴きたてるネビュラ賞受賞作「子供たちの肖像画」、そして、10年前の敗北に囚われた男の執念と悲哀を題材にしたチェス小説の名品「成立しないヴァリエーション」など、「今ここ」の恐怖と悪夢を提示する、名手ジョージ・R・R・マーティンの傑作集。

再開第一回はホラー短編集でした。

恥ずかしながら、マーティンは一作も読んだことがなかった(『サンドキングス』は積読、『氷と炎の歌』は暇ができたら……)のですが、この短編集は素晴らしい。ジャンルを超えて、さまざまな人が楽しめる作品集だと思います。特にラストの中編「成立しないヴァリエーション」は、短編としては今年最大の収穫といっても過言ではありません。

ネタバレ感想になりますので、未読の方はご注意ください。

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ドゥエイン・スウィアジンスキー『メアリー-ケイト』(2006)

メアリー‐ケイト (ハヤカワ・ミステリ文庫)

メアリー‐ケイト (ハヤカワ・ミステリ文庫)

毒を盛ったから、あなた十時間後に死ぬわ――バーで飲んでいたジャックは、隣の席に座った美女の言葉に耳を疑った。さらに、解毒剤がほしければいうことをきけといい、奇妙奇天烈な要求をしてくる。片時も離れず、女がトイレに行く時も一緒についてこいというのだ。やがてムラムラしたジャックは彼女に襲いかかってしまう。そんな馬鹿なことをしている間に悲劇は着々と進行し……予測不可能なタイムリミット・サスペンス。(裏表紙あらすじより)

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まあ、クライムノベルなのですが、とんでもない怪作です。あらすじと表紙だけ見て、さようならしてしまうのは少々もったいないかもしれません。

多くを語ることができないのは非常に残念なのですが、おおよそ四分の一ほどの部分で、「はぁ?! これどういうことなの?」と思考停止状態に陥るのは、ほぼ確実かと。

オフビートといいますか、全く予想外の展開を見せつつ、物語はあらぬ方向へ。最後は世界征服を企む悪の科学者まで登場するのだからすごい。このアメコミタッチのチープさ(実際作者はアニメーションの原作にかかわっているらしいです)は他にない味なので、「とにかくアホ面白い小説が読みたいんやー」という人にはオススメです。

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この作品は、今年のバカミス・アワードの候補作の一つでもあるそうですが、それもむべなるかなという感じですね。

パトリシア・ハイスミス『愛しすぎた男』(1960)

愛しすぎた男 (扶桑社ミステリー)

愛しすぎた男 (扶桑社ミステリー)

ニューヨーク郊外の紡績工場に勤める技術者デイヴィッドにはささやかな夢があった。「愛する人アナベルと結婚したい」という夢。しかし、あまりにも熱烈な彼の想いは、現実を離れ、一人歩きを始めていた。彼は週末ごとに下宿を出て、誰もしらない一軒家で過ごしながら、愛する人アナベルとの結婚を夢見ていたのだが…。仮想世界での「恋愛」が破綻したとき、デイヴィッドの破滅がはじまった! いま話題の「ストーカー」(追跡者)の世界を内側から描いた名手ハイスミスのノンストップ・サスペンス!(裏表紙あらすじより)

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パトリシア・ハイスミスの第六長編です。ハイスミスの長編を読むのはこれが初めてですが、非常にインパクトの強い作品でした。本書のすべては、主人公であるデイヴィッドの性格に尽きるといっても過言ではないでしょう。彼は、酒も煙草もやらない、女も連れ込まない真面目な青年として下宿では通っているのですが、その実自信過剰で頑迷固陋、さらに人を簡単に見下すところがあります。

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デイヴィッドは、その収入(彼は相当の高収入です)のほとんどすべてを偽名で買った一軒家に注ぎ込み、アナベルとの愛の巣を作り上げています。しかし、実は、アナベルはすでに結婚しており、デイヴィッドのことは微塵も思ってなどいません。しかし、デイヴィッドはかつて交わした(と彼が思い込んでいる)結婚の約束をいずれ叶えるため、余念がありません。いえ、ウィリアム・ノイマイスター(偽名)は、すでにアナベルの夫(のつもり)なのです。週末ごとにウィリアムはアナベルと自宅で暮らし(ているつもりになり)、ともに美酒を傾け(ているつもりになり)、愛を交わし(ているつもりになって)ます。

その中で、デイヴィッドはたびたびアナベルに手紙を送り、「君が過ちを犯し、別の男と結婚したことは許そう。さあ、僕のうちに来ておくれ。君のために準備したんだ。」と語り続けます。そのうちに、デイヴィッドは、彼女が夫とともにいる部屋に踏み込むという強硬手段に訴えます。その時は、周囲の住人に袋叩きにされ彼も諦めましたが、アナベルの夫に対する彼の侮辱は甚だしいものでした。

怒りに震えるアナベルの夫は、どこで突き止めたか、ついにウィリアム・ノイマイスターの家にやってきます。体格で勝るデイヴィッドは、拳銃で武装した彼を殴り倒しますが、その時、当たり所が悪かったかアナベルの夫は死んでしまいます。

デイヴィッドは、まったく無関係のウィリアム・ノイマイスターが、いきなり襲いかかってきた男ともみ合っているうちに、事故死させてしまったという設定にし、警察に通報します。しかし、事態はその程度では収まらないほどに面倒なものになってしまっていました。

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ゆがんだ自己愛を、これ以上ないというまでに描ききった傑作です。この作品が恐ろしいのは、このデイヴィッドという男の一面が、私の中にもあるのではないか、ということをまざまざと思わせるからです。そういう意味で、私の脳内の本棚では、この作品は、フランシス・アイルズの『殺意』『レディに捧げる殺人物語』と非常に近い位置に置かれています。

物語が進むにつれて、デイヴィッドの自己愛は自己否定にまで進行してしまうのですが……衝撃の結末は自分の目で確かめてみてください。といっても、何か世界が格別に変わるわけでもなく、拍子抜けかもしれませんがね。